那覇のビジネス街・久茂地の交差点を西海岸へ向かっていくと、なにやら異国を思わせる白い壁が左手に見えてくる。その壁の向こうには、多分に中国の影響を受けている沖縄でも明らかに違和感を覚える中国様式の建物が見える。
沖縄の有名な観光地か?と思わせる佇まいだが、この場所のことはほとんどの観光ガイドにも載っていない。
「福州園」
この見落とされがちな庭園は意外にも、沖縄と中国との歴史的関係を物語るシンボル的な存在である。
中国との交易のシンボル
歴史的な関係を物語る建造物と言っても、「福州園」自体が出来上がったのはごく最近のことである。平成4年、那覇市と中国の福州市の友好都市締結 10周年記念事業として建設された。その昔に福州人がこの沖縄の久米村に渡来したことを記念して、福州の代表的な風景と建築様式が那覇市久米に表現されたのもである。
今から600数十年前に琉球は当時の中国・明と交易を始めた。琉球が貢品を納め、明はその何十倍もの下賜品を返す。この交易は多くの場合、冊封とともに行われるため、この二国間の関係を一般的には冊封体制ともいう。
冊封体制とは、中国の皇帝が近隣の諸国に官位を与えることで、琉球国王は官位を与えられることによって東アジアの国の王として認められた。この制度はいわゆる中国が世界の中心であるという中華思想が生んだ制度であるが、この制度により琉球は、他国の脅威を知らない日本の本土よりも早く国際社会に身を置いていた。
そんな関係の中、明からの下賜されたものの中に、福州の特殊な技能を持った人々が含まれていた。
「びん(福建)人三十六姓」と言われる人々である。三十六姓というのは、三十六家族が渡ってきたという説もあるが、中国の数が多いということ形容であるとも言われている。つまり多くの福建の人たちという意味だ。彼らは当時「浮島」と呼ばれた場所に「久米村」を築き、彼らの技術は、早い時期から琉球王朝から重宝された。
彼らのほとんどは船舶関係の特殊技術をもった人々だった。その特殊技能は、特に中国との交易で活かされ、久米村の人々は、渡来後の数百年に渡って琉球王朝の重役を務めた。中には、蔡温などの名宰相も出ており、久米村の人たちは、琉球の発展に大きく関わっていた。
「福州園」は、久米村の福州の人々が築いてきた歴史、琉球と中国の友好的な関係のシンボルといえる。
那覇の中心にある異国
「福州園」の中に入ると、そこに広がる世界はまさに中国。
同じように中国の影響を多く受けている世界遺産の「首里城」・「識名園」とは異なり、「福州園」は、福州の庭園をモデルにしたほぼ100%中国の建築様式で出来上がっている。
正門を入るとまず、中を見せないと言わんばかりのツイタテがある。このツイタテは、中国の独特の建築様式のひとつで、沖縄では「ひんぷん」と呼ばれている。
「ひんぷん」は日本では沖縄や鹿児島の士族屋敷など見られ、その存在理由は諸説あり、鹿児島では敵の攻撃から身を守るためのものと伝わっている。しかしもっとも有力な説は、昔から中国の魔物がまっすぐにしか進めないということから、家を魔物から守る魔除けとして存在したというものである。沖縄の交差点や三叉路の角に存在する「石敢当」も同じ理由で存在する魔除けと言われるので、沖縄の「ひんぷん」はこの説が一番なじみやすいだろう。
正門を入ると左手に順路が続く。
最初の門をくぐると、いきなりのエキゾチックな廊下に面食らう。そして、その廊下を進むと、池の中に建ついかにも中国的な建物に誘導される。私が訪れたときは中国のツアー観光客が来ており、建物と相まって一瞬自分が沖縄にいることを忘れてしまう風景だった。この建物の中には鮮やかに彩られた屏風が建っていて、来客を和ませてくれる。
順路に戻り進んでいくと、ひときわ目立つ二つの塔が建っている。
この塔は、福州の庭園をモデルとした「烏塔・白塔」という。この文章を書くまでこの二つの塔はまったく同じ形をしたものだと思っていたが、あとでパンフレットを見ると、多少形が違うようだ。
この二つの塔は、これといって何があるわけでもないが、中国的な庭園の中国らしさを際だたせている。
その後、ずっと進んでいくとこの庭園の一番の見物である人工の滝がある。
小高い丘から滝が流れており、その上に展望台がある。その展望台からは庭園内だけでなく那覇の街も一望できる。遠い福州から渡ってきた人々がこの地(久米)に拠点をおき、琉球の人々と数百年ものあいだ友好的な関係を保っていた、ということを考えると感慨深いものがある。
観光スポットでもあり、憩いの場所でもある。
「福州園」の観光客は外国人が多いようだ。
私が訪れたときは、前述した中国の観光ツアー団体がいただけでなく、西洋女性が2人が庭園内の建物でくつろいでいた。この異様な雰囲気に私自身は非常に楽しめたが、日本人観光客や地元の人が少ないのは少し残念な気がする。
確かに沖縄らしさを求めてきた観光客にとっては、あまりにも沖縄的ではないので意味のない場所かもしれない。
しかし、沖縄の歴史を物語る象徴的な場所としては充分観光に値する場所であろう。また、沖縄のその他の庭園と異なり、「福州園」は入場料が無料なので、もう少し地元の人がふらっと訪れる所であってもいいように思う。
私とっては、那覇の喧噪から気軽に逃れられる絶好の場所だった。
施設情報
開園時間:午前9時〜午後6時(入場は5時30まで)
入場料:無料
休園日:毎週水曜日(休日の場合は翌日)
駐車場あり